誘拐

本田靖春の『誘拐』を一気に読了。
ノンフィクションの金字塔という触れ込みに偽りなしで、しびれた。
題材は1963年の幼児誘拐事件で、発生から2年後の解決までを、広く深く事実を掘り起こしながらたどっている。
いったいどれだけの人に会って話をきいたのか、くらくらする思いだ。
捜査員、犯人の周辺人物などなど、ひとつひとつの会話、状況、仕草がこれでもかと再現されている。
文庫の帯には「小説を超える事実」という文言があるのだが、
本当に小説を読んでいるかのような読み口。
でも全部事実。げっぷ。
犯人が自供し、担当の刑事が電話で上司に報告するくだりは目頭が熱くなった。


ひとつピンと来たのは、高村薫はこの作品に強く影響を受けているのではないかということ。
犯人かもしれない男をずるずると匿ってしまう女というモチーフや、いくつかの単語づかい(高村薫は「隠微」という言葉を結構多用する)。
高度経済成長に取り残された、あるいは逆に最底辺層として取りこまれ、打ち捨てられた東北の貧農。その鬱積した負の感情。
こうした要素は、たまたま読んだ二つの作品(『マークスの山』『レディ・ジョーカー』)に
けっこうはっきりと表れているような気がする。
淡々とした硬質な文章も、理念として通ずるものがあるように思う。

誘拐 (ちくま文庫)

誘拐 (ちくま文庫)